ゆりら文庫

創作小説ブログ

七角錐の少女 ~後編

どうしていつまで経っても、たどり着かないのだろう。
もう、目の前に確かに見えているのに。
「はぁ、はぁ、はぁ…………」
僕はやりきれない思いでいっぱいになって、歩みを止めた。
そして、そのまま、膝からガクリと地面に崩れ落ちた。
もう歩けない。汗が全身からとめどなく流れ落ちる。やっと顔を上げて、目の前に見えるのはただ2つ。どこまでも伸びる幅の無い1本道と、空に伸びる銀色の円錐。
いつから歩き出したのかなんて、もう忘れてしまった。全てを捨てて、僕は僕のあるべき場所から飛び出した。そしてこの長い直線の道を歩いている。何も持たない。僕のこの思いだけで、どこまでも歩いて行けると思っていた。絶対にあの円錐に辿り着いて見せるんだって、そんな無駄な希望を抱いてここまで歩いてきた。
でも、本当は分かっているんだ。僕の思いは永遠に叶わないことも、その理由も。
世界は3次元や4次元と、多次元で構成されている。でも、僕は1次元の存在。ただ1方向にしか広がらないのが僕の世界だ。次元を超えることは許されない。というよりも、出来るわけがない。そんなことは不可能なんだ。今歩いてる距離∞のこの道はどこにもつながりはしない。
分かってる。頭では全て理解してるんだ。何もかも。
でも、ね。
「理解する」ことと「受け入れる」ことは別物なんだ。
受け入れるなんてできやしない。あの美しい七角錐の少女に会えないだなんて。ただ永遠にあの完全な円錐を見ているだけだなんて、僕には耐えられないよ。
ああ胸が締めつけられるように苦しい。四肢の末梢神経がばちばちと爆ぜる。天を仰ぐ僕の目から、涙が止まらない。ただあの少女のことを思うだけで、僕の身体は火花となるようだ。
僕は、僕は、僕は……
「ア、イ、タ、イ…………!」

 


紅蓮の稲光が、幾度となく空を駆け巡る。まるで、空という名の窓を割るように。
僕はついにあの銀色の円錐に辿り着いた。そして今、その中にいる。
1歩1歩、上へと歩みを進める。足を1歩踏み出せば、その度に身体はすう、と上に引き上げられる。
「お前、お前…何てことを…!よくも……!」
何かけたたましい声が聞こえたようだが、僕には分からない。ただ、光る鏡の破片のような物がたくさん落ちてきて、僕の脇をかすめて虚空に落ちていったようだ。
焦ることもない。悲しむこともない。絶望もしない。振り返りも見下ろしもしない。
とにかく1歩ずつ確実に、上に昇っていくんだ。
あと少し。そう、あと少しで会えるんだから…………

 


暗がりに浮かんで見える、艶やかな銀髪と菫色のドレス。
ゆっくりと彼女がこちらを向いた。
ああ、何て美しいんだろう。白く透き通る肌に理知的な眼差し、目鼻口全てが完璧な比で納まっている。思わず息を呑んだ。やはり彼女は世界の数を司るにふさわしい存在だ。ずっと会いたかった。
でも、そのために僕は取り返しのつかないことをしてしまった。代償があまりにも大きすぎる。
「よくも、やってくれたわね」
突き刺さる冷たい声に、僕の心臓は凍りつきそうなほどに締めつけられた。声が出ない。ただ涙を流すことしか叶わない。
あんなに会いたかったのに。話したいことだって山ほどあるのに。今、目の前にいるのに。
何も出来ない。
このまま終わるのかな…?
悔しい、悲しい、情けない、怖い、怖い、怖い……
「何を怯えているの?あなたは自分の成し遂げたいことを成し遂げた、それだけなのでしょう?」
僕はふと顔をあげた。
確かにそうかもしれない。でもそのために、一体どれだけの犠牲が払われるのだろう。
僕は数の概念を捻じ曲げてしまったんだ。万物の定理は狂い、形を保てなくなり、全てが消滅する。僕のせいだ。僕のために皆消えていなくなる。僕は永遠に許されない罪人だ。
「もういいのよ」
いつの間にか少女は僕の前にいて、優しい声で僕の両の手を握る。
僕の心の中を、全て見透かしているみたいだ。いや、見透かしている。
「哀しいかな全ては永遠ではない。この世界だって例外ではない。そして消え去る時が今この時だった。ただそれだけのことではなくて?」
本当に?本当にそれだけのことでいいのかな。
世界って所詮、そんな物なのかな。
「もう泣くのはおよしなさい。あなたは何も悪くない。世界に終止符を打ち、幕を引く者。ただそれだけ…………」
辺りは轟音と虚無に包まれた。
破滅はもう、僕のすぐ背後まで迫っていた。

 

 

 

 

元ネタ:『七角錐の少女』 谷山浩子 - YouTube