ゆりら文庫

創作小説ブログ

七角錐の少女 ~前編

静寂。世界は、揺るぎない数の秩序に守られている。今、その透き通る藍色の闇夜に向かって、どこまでも高く伸びる銀色の円錐が1つ。円錐はあまりにも細長すぎて、一本の輝く糸のようにすら見える。一見すると分からないが、まぎれもなくそれは空高く伸びる完全な円錐だ。
その円錐の中に住まうは、七角錐の形に裾が広がるドレスの少女。美しい菫色のドレスは黒く細いリボンで飾られていて、そこにかかる長い銀髪と白い肌が映える。
でも、美しい彼女は何もしない。歌も歌わないし、本も読まない。
ただ完全に閉ざされた暗い部屋の中で、虚空を見つめ、自分の家の長さを測っている。
「……257304.000001m」
誰にともなく長さを宣告したかと思うと、7枚の鏡からギラギラとやかましい笑い声が響く。
「あははは!やったね!ついにまた1m高くなったみたいじゃない!全く、この家が1m高くなるのに、どんだけ時間がかかったことかしら」
「そうね。この宇宙が生まれ、数という概念が生まれ、同時にこの世界も生まれた。それから100億年は経とうとしているわ。つまり、概算で4万年といったところかしら。もっとも、今のは1000の位を切り捨てての計算結果だから……」
「いやぁ、今日は歴史的な日だわ~!なんせこの家が1m高くなったのだから!それだけで十分感動に値するわ。それぐらい毎日本当に代わり映えがないんだもの」
七角錐の少女の声を遮って、鏡はギラギラと笑う。
「貴女ね、少しは落ち着いたらどうなの?大袈裟なのよ。この家が何mの高さになったところで、それが数の概念に影響することなんてないじゃない」
「アンタって本当に何に対しても無感動なのね!退屈してるんなら、何か測りでもしたら?」
「…もう、測るものもないわ。全て知ってるもの。この家の高さも、私のドレスの辺の長さも、あなたのその歪な不等辺も」
「ふ~~~ん……じゃ、数遊びでもしようじゃない?360÷1=?」
「……360」
「360÷2=?」
「180」
「360÷3=?」
「120」
「360÷4=?」
「90」
「360÷5=?」
「72」
「360÷6=?」
「60」
「360÷8=?」
「…45」
「360÷9=?」
「……40」
鏡はわざとらしく7を飛ばして、少女に問うた。
「では、360÷7=?」
「…………」
「何で答えられないのかしら?数を司る存在であるあなたが?答えられないってどういうことかしら?そんな難問でもないじゃない!」
「…お黙りなさい…」
少女の声が震えているのに気にも留めず、たちの悪い鏡はなおも詰め寄った。
「お答え!360÷7=?360÷7=?」
「お黙りなさいって言ってるでしょう?!」
少女の凍てつく視線が、鏡の1枚に一瞬で亀裂を入れた。しかしまた別の1枚から嘲笑が響く。
「あははははは!分かった?あなたはこの世に存在する1ケタの正の整数のうちでただ1人、360(全方位)を整数の形で割り切れないのよ。7はそういう数なの。なんて悲しい定め、なんて惨めなお人、フフフっ」
「……本当ね。私のシンボルである7つのお城の1つ、先ほどの貴女のように壊してしまおうかしら。そうして私は、7を捨てるの」
「わ、分かったわよ!さっきのことは謝るわ!だからそんな愚行はおやめなさいな。そんなことしたら、数の概念がたちどころに崩壊して、世界はどうにかなってしまうわ!」
「ふぅ……全く」
少女は、ようやく怒りを静めたようであった。
「ところでアンタ、測る物は無いと言ったわね。でも本当にそうかしら?」
「……?」
「この家に向かって1人、愚かにも近づこうとしている者がいるわ。その不届き者とこの家の距離…とか?」
「無駄な労力ね。距離∞の道は、計算上どこにたどり着くこともない。測る必要もないわ」
「…それもそうね」