ゆりら文庫

創作小説ブログ

ダイエット ~後編

「真唯の様子が明らかにおかしいんです。ここ数日、全く食べ物を口にしないんです。……そんな、本当なんですよ!ええ、もう、白いご飯さえ一粒も食べてなくて……」
真唯の母親が学校に相談に来ていたのを、友人達は偶然耳にしてしまった。
「何にも食べてない……?ま、まさか、そんなわけない……」
「エリのせいだよ。エリがあんなに直球で、真唯にデブなんて言うから。教室を飛び出す真唯の様子、見たでしょ?」
「マジ……アタシ、そんなつもりなかったのに……」
「…真唯のママに謝ろう、エリ。わたし達も一緒に行くから」
「うん……ゴメン、みんな」
エリ達は意を決して、応接室の扉を開けた。
「真唯さんのお母さん、ごめんなさい!私たちが悪いんです!」
「あなたたち……真唯のお友達?」
エリは声を詰まらせながら、事の次第を語り始めた。
「アタシ…、私が真唯さんとケンカになって、真唯さんに…デブって、つい……言っちゃったんです……。私……いつも、思ったこと…、考えもしないで言う、悪いクセ…があって……!…ごめんなさい……真唯さんに、謝りたいです…。謝りに、行きたいです……」
俯いて泣きじゃくるエリに、真唯の母は優しく言った。
「正直に話してくれてありがとう。今度はそれを、真唯に言ってあげて」
エリは無言のまま涙をぬぐい、何度か大きく頷いた。
友人の一人が続いて、真唯の母に問うた。
「真唯さん、何も食べてないって本当ですか…?!」
「ええ、まあね。信じられないかもしれないけど、何日か前から部屋に閉じこもって、一度も降りて来ないの。何か、真唯宛てに家に荷物が届いてたんだけど…その頃から、かしら……?」
「真唯、絶対何か無理なダイエットしてるんだよ!」
「このままじゃ真唯が死んじゃうかも!皆で真唯を止めよう!」
友人達の心は、真唯のために一つになった。無論、エリも覚悟を決めていた。


真唯の自宅は、学校から自転車で20分程度行った所にある。エリたち3人は真唯の母の車に乗り込むと、真唯の家に向かった。
玄関の目の前にある階段を上る。見えてきた木製のドアに貼り付けられたコルクボードに「まいの部屋」と書いてある。
「真唯、聞こえる?私達だよ…?」
エリはおそるおそる、ドアをノックした。
「ゴメン、真唯……。あんなこと、もう絶対言わないから…!絶対、言わないよ!」
「お母さんから聞いたよ。何も食べてないって……」
「真唯、お願い返事して!死んじゃ嫌だよ!」
「聞こえるでしょ、真唯?皆、あなたのこと心配してるのよ。お願い、出てきて…!」
時間にして、1分も経たないだろう。しかし、母親や友人たちにすれば、長い長い間であった。
内側からドアのカギを開ける、カチャリという小さな音がした。
「真唯、…………!?!」


1週間ぶりに開いた部屋のドア。そこから現れた真唯の姿に、全員が息を詰まらせた。
異常にやせ細っていた。
痩せて、ほとんど皮と骨になっていた。白い袖なしシュミーズからむき出しの腕も、ショートパンツから出た足も、太さが半分になっている。髪はボサボサ、頬は大きくこけ、目の周りも落ち窪み、瞳だけが爛々と光っている。
「…なあに、みんな…?」
のんびりした声で問う真唯。しばらく4人は言葉を失った。エリが、やっとの思いで口を開く。
「真唯…!どうしてぇ…?」
「あ、エリ。見てぇ~、私やせたでしょ?痩せる薬を飲んだら、どんどん痩せたの。すごいでしょう?もうデブなんて言わせないよ、エリ?」
もはや真唯の精神は、正常じゃない。
痩せることへの願望も、ここまで来れば病的だ。
「真唯、もう分かったよ…。アタシ、もうあんな酷いこと言わない。約束するから。だから…何か食べなよ」
エリが恐る恐る言うと、真唯の表情は一気に鬼のように豹変した。
「…嫌よ!!食べることは理想のボディ獲得の大敵よ!もっと痩せて、誰よりも痩せて、やせて痩せて、痩せまくるんだから!!」
命の危機だ。このままでは、真唯が危ない。何としても、すぐに栄養のあるものを食べさせないと。
友人たちが、真唯の説得にかかった。
「真唯は勘違いしてるよ!痩せればいいってもんじゃないわ!」
「そうよ!真唯はこれ以上痩せたらいけないの!命が危ないのよ!」
「うるさい!痩せたいのよ、私は!!わた、し……」
真唯の身体が、ふらりと傾いた。
「真唯!」
倒れた真唯の身体を抱きかかえたのは、エリだった。真唯はもう、立ち続けることができなかった。
「……エ、リ……」
「真唯。私たち、真唯のことが心配なんだよ。…真唯、これ以上やせたら…ヤバいとこまで、きてるんだから。……ゴメン、真唯。あんなこと言って……。…死んじゃ嫌だよお…!」
エリの振り絞るような言葉が通じたのか、真唯の意識が少し正常に戻った。
「…ごめん、エリ。うん、私、食べるよ……」
とろんとした目で答える真唯。友人たちと母親は、ほっと胸をなでおろした。
「真唯ママ、ご飯作ってあげて!わたし達も手伝いますから!」
「そうね。待ってて、真唯!」


一階の食卓に降りてきた真唯。椅子に座って、料理をする友人と母親の後ろ姿を、ぼんやりと眺めていた。キッチンから美味しそうな匂いが漂ってくる。
(いい匂い……)
程なくして、真唯の前に料理が並べられた。と言っても、白いご飯に味噌汁、卵焼きといったオーソドックスな朝ごはんのような献立。ほかほかとたちのぼる湯気が、真唯を夢見のような気持ちにさせた。
「無理しなくていいから、ゆっくり食べてね」
「うん。美味しそう……」
ああ…本当に、久しぶりのご飯。あんなに食いしん坊だった私が、何も食べたくないなんて、嘘みたいね。そうそう、この、いい匂い。食欲をそそ、る……
る……s、る……セル………?

「カプセル!!!」
瞬間、真唯の脳に電流が走った。身体がばね仕掛けのように跳ね上がる。目の前の食事を叩き落すと、食卓からすごい勢いで飛び出した。
「真唯、待ちなさい!真唯―!!」
がたがたがたがたっ!
激しい音を立てながら這いずって階段を駆け上り、自室に飛び込む真唯。すぐに施錠する。
どうしてあんな誘惑にのったんだ。あんな愚行に走った自分を思うと震えが止まらない。食べ物は敵、全て敵だ。自分はあのプラスチックの食事しか許されないんだ。あれしか……。
「あった…!」
部屋の真ん中、窓から差し込む陽光のスポットライトに照らされて、あの袋が転がっていた。
「忘れよう、あんなことした私なんて。忘れるのよ、忘れなさい…!」
袋を掴み、降った。ポロポロと躍り出るカシューナッツ
真唯は、一気にそれらを口に放り込んだ。水をがぶがぶと飲む。ペットボトルの水が、床に滴る。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……これで、よかったのよ。これで……」
また、例によってお腹がモゾモゾする。体がポッポッと熱くなる。いつものとおり…のはずだった。
突然、内側から針が飛び出すような痛みが全身を貫いた。
「うっ…?!」
内側から、何かがザリザリと湧いてくる嫌な感触がする。
食べられている。真唯はそう感じた。身体の中を、何かが食い荒らしてる。
「いやぁああああ!あぁあああああああ……!」


「真唯、どうしたの?!真唯、返事して!!」
追いかけてきた友人たちが、ドアを叩いたりノブを激しく上下させたりする。返事が無い。
「しょうがないわ、確か近くに父さんの工具入れが……」
真唯の母親が、工具入れからドライバーを取り出した。そのドライバーを突っ込み、何とかドアの鍵を壊した。小さいながら、カチャンという手応えを伴った硬質の音が聞こえた。ドアが開く。
「真唯…、……キャアアアアアアーーー!!!」
ドアの向こう、部屋の中の真唯は、全身に穴が開いて絶命していた。
放り出された袋からこぼれたカシューナッツが7つ、後光のように転がっていた。


――プロフェッサー、報告しマス。被検体が一人、絶命したモヨウ。
――ウム、例ノ卵ハドウナッタ?
――死亡した被検体の身体に、多数の穴ヲ確認。内部で培養されていた新生物が、人間の体内の皮下脂肪および内臓脂肪を栄養源に成長し、羽化したモヨウ。
――ソウカ、デハ養殖実験ハ成功シタヨウダナ。
――イエス。
――ヨロシイ。コノ調子ナラ、全テノ被検体デ成功シソウダナ。
――現在、先進国を中心に6名の被検体が生存中。彼らを材料にした実験の成果も期待できるデショウ。ところでプロフェッサー、地球人世界での混乱が予測されますが、どういたすおつもりデスカ?
――何故、気ニスル必要ガアル?我々ハ、被検体ノ生命ニツイテ何ノ責任モナイ。我々ノ実験サエ成功スレバ、ソレデ良イノダカラ。
――了解、失礼シマシタ。引き続き、被検体のモニタリングを続行しマス……。

 

 

 

 元ネタ:ダイエット - 谷山浩子 - YouTube