ゆりら文庫

創作小説ブログ

ダイエット ~前編

真唯は自室のデジタル式体重計の上で、目を輝かせた。

「……37キロ、やった…!一気に3キロも…。ついに40キロ台切った……!…っとと」

体重計から降りる真唯はふらりとよろけ、床にペタンと座り込んだ。目を細めて窓の外を仰ぐ。

もうここ数日、彼女は自室から出ていない。いや、到底出られるような状態なんかではなかった。

「わ~~~、部屋の中なのに、空がこんなに近い~…。触れそう。……触れないけど」

 

 

きっかけは、高校のクラスでの些細なことだった。真唯は昼休みに友達グループと談笑中に、グループのエリと口論になった。エリが、少し見た目が良くないあるタレントのことをひどく言ったからだ。

「ひどい!見た目がイマイチなせいで人格まで否定するなんておかしいよ。エリ、間違ってる!」

「っさいなぁ、真唯は。人間、見た目が一番に決まってんだろ、見た目が9割なの~」

「何よ、エリ!どんな見た目だったとしても他人に迷惑かけてさえなきゃ、その人の勝手じゃない!」

「うっせぇ!クラス1のデブは黙ってろ!」

「…デブ……?!」

エリはあまりにも容赦なく、真唯のコンプレックスである体重のことを持ち出した。真唯の顔から、ザッと表情が消え失せる。

「……真唯ちゃん、気にしちゃ駄目!エリはいつもあんなだから…気にしちゃ……」

「わあああああ!!」

真唯はすごい勢いで教室を飛び出し、そのまま家へと駆けていった。

確かに真唯は、クラスの女子の中では一番太かった。しかし太いと言ったって、真唯の体重は16歳女子の適正体重値をほんのわずかに上回るぐらい。むしろ周りの女子がみんな細すぎるのだ。それでも真唯には、クラス一というのが大きなコンプレックスだった。

真唯は二階の部屋に閉じこもり、泣いた。とにかく誰の顔も見たくない。惨めだった。

「うっ……悔しい……、エリのやつ…!エリのやつーーー!見返したいわ……絶対痩せて、アイツのこと、見返したい……!」

 

 

寛容な両親のおかげもあり、真唯は心の傷が癒えるまでの間、しばらく学校を休むことにした。

「いやね、もう。毎日こんなに訳の分からない広告ばっかり届くんだもの」

真唯の家にある広告が届いたのは、それから程なくした頃だった。

「……痩せる薬…、これを使えば、あっという間にあなたも理想のボディをゲット…?!」

真唯はそのチラシを奪い取るように取り出すと、自室に飛び込んだ。

「真唯、どうしたの?真唯―?」

部屋に飛び込んだ真唯は、すぐにチラシに書いてある薬の会社に電話をかけた。

アンドロメダ製薬。曰く、サプリメント開発で人々の健康と幸福をサポートすることを使命とする会社。日本国内では知名度は低いものの、既に海外では、後進国における難民の栄養状態改善、欧米においては生活習慣病治療、などといった実績を数多く上げているとか。

「もしもし?…今朝のチラシに書いてあるやせ薬のカタログって、ありますか?」

 

 

カタログは、翌日には真唯の家に送られてきた。驚く早さ。

真唯は早速カタログの商品番号を製薬会社に伝え、痩せる薬を注文。これまた翌日には家に届いてしまった。驚く早さ。

「これを飲めば、私も痩せられる……。えっと、1日に1回、2~3個。噛まずに水で飲みこんでください、か……」

開封した袋を傾けると、玉虫色のカシューナッツ形をしたカプセルが、ころころと手のひらに躍り落ちて来た。あんまりいい気持のする物体ではないけれど、このカプセルが自分に痩せをもたらしてくれることを考えれば、真唯にとっては少しも嫌ではなかった。

誰もいない1階の台所からコップを取ってきて水を注ぐと、カプセルを1個ずつ水とともに飲みこんだ。

「――……っ、……ふぅ。カプセル飲むのって意外と大変、…あれ?」

飲んで間もなく、真唯はお腹がゴニョゴニョするような、不思議な感覚を覚えた。と思うと間もなく、お腹がポッポッポッと温まってきた。

「うそでしょ?こんなにすぐ効くなんて…。もしかして……」

温まるような感覚が治まると、真唯は風呂場からデジタル体重計を引っ張り出して、おそるおそる乗ってみた。真唯は表示された値を見た瞬間、目を輝かせた。

「……うそ?!一気に2キロ近く減った!効き目ありすぎ!これなら私も、あっという間に痩せられる!エリだって、もう私にあんなこと言わなくなるわ……!」

 

 

その日の晩のことだった。

「真唯~、ご飯出来たわよ。食べにいらっしゃい」

夕食の準備が出来た母が、2階の部屋にいる真唯を呼ぶ。しかし……

「…ごめん、今日は食べない」

「あら。真唯、どこか調子悪いの?」

「ううん、特に何も。でもなんか、食べたくないんだ。明日は食べるから」

「そう……。じゃあ、今日だけよ。ゆっくり休みなさい。食べたくなったら、いつでも言ってね」

「うん」

母はリビングへ引き返していった。

真唯はあのカプセルを飲んでから、何も食べる気が起こらないのだ。いつもはすぐお腹が空いて、友人に食いしん坊と笑われるぐらいであるのに。ベッドに腰掛けたまま、真唯はぼーっと手元を見つめる。

「なんか、嫌だな。ママに話だけでもして……うっ?!」

ベッドから立ち上がろうとした途端、激しい目まいが真唯を襲った。

「やだ……何これ…?気持ち悪い……」

ベッドの端に片手をかけ、もう片方の手で目を押さえ、四つん這いになって目まいが治まるのをじっと待つ真唯。幸い、10秒足らずですぐに回復した。

「この薬もしかして……私に合ってないとか、そういうオチ……?」

ふと視線の先には、あの薬の袋。目まいに用心しながら、真唯は薬の注意事項を読んでみた。

 

体質によっては、ごくまれに目まい・吐き気・倦怠感・食欲不振などの症状が出ることがあります。しばらく安静にすれば症状は回復するので、問題はありません。

 

「なんだ、私だけじゃないんだ。とにかく安静にすればいいのね、よかった」

真唯は結局その日、目まいが治まってから入浴だけ手短に済ませて、床についた……。