ゆりら文庫

創作小説ブログ

気づかれてはいけない

ここはどこだろう。灯りの少ない夜の街角、古びた赤レンガの壁沿いに、真っ白なドレスを着た一人の女性が歩いている。絹糸のように透き通った金髪に、大きな鏡のような薄墨色の瞳。舞踏会にこんな人がいたら、誰も放っておかないんじゃないかな。でも、アンティーク人形のように整ったその美しい顔は、不安に彩られている風だ。

突然、路地から一人の男が現れた。女がハッと息をのむ。

見た感じ、女性と同じ時代に生きてる人だろう。服装もまさにダンスパーティーの衣装みたいだし。年も近そうだ。どこからか差すスポットライトのような光に照らされる彼の姿は、さながら舞台のよう。

そうだ、ぼくは多分映画か舞台を見てるんだ。今目の前に見えるこれは、その一幕に違いない。

「あ、あの……」

「目をそらしては駄目。君が今僕から目を離せば、僕らはたちどころに引き裂かれてしまう。そうしたら、君のたどる道は1つだよ」

随分、突飛なセリフだな。この二人、初対面じゃないのか?

「――そ、そうね……。でも、私怖いわ。今とっても心もとなくて、震えが止まらないの。お願い、少しでいいから、私の手をとってていただける?」

「それも出来ない。手が触れ合っても駄目なんだ。でも大丈夫、これから起こることも、僕の言う通りにしていれば君はいなくなることもない。お願い、僕を信じて」

女は、泣きそうな目で男をじっと見ながら、小さく頷いた。

何だろうな、これ。中世あたりのロマンス劇かと思ったけど、どことなく違う気がする。

辺りがなんか騒がしいな。冷たい風が街路樹を揺さぶっている。だんだん激しくなってきた。

あまりに風が激しいので、二人の身体はふわりと夜空に舞い上がっていく……。

 

 

真っ暗な空間に、男女二人の姿だけが白く浮かび上がる。

いや……?

星が。星がぽつりぽつりと点り、夜空を形作っていく。星は星座となり、二人の周りを猛スピードでぐるぐると回り始めた。それはもう、どんな世界の最先端のプラネタリウムもかなわない、幻想的な光景。これで真ん中の二人が星を眺めてたりなんかしたら、最高にファンタジーなんだけどな。二人は星になんか目もくれてやらない。ただただ、じっと見つめあって浮いている。

「何が起こっているの…?」

「見ちゃいけない!星座たちが時間を止めているんだよ。寄ってたかって、僕らを引き離そうとしているんだ。今は耐えるんだ、こうしてじっとね」

突然、ゴォという重低音が夜空に反響した。かすかに身体が揺れる感覚がする。空中なのに。そうだ、空気が震えてるんだ。そのせいでこんな……

「…何、の音……?!」

「今、少しでも目を逸らしたろう?!少しだったから良かったのかもしれないが、下手したら君は消えてしまう所だったじゃないか!」

「あぁ……、……!」

「気づかれたんじゃ仕方ない、とにかく息を殺せ。吐息も漏らしちゃ駄目だ。ここに生きている人間がいる証を少しでも消すんだ!」

女はグッと口を固く結んで、両手で鼻と口を押さえた。苦しそうな表情が浮かぶ女の目は、それでも必死に男を見つめ続ける。

 

 

どれぐらい長く沈黙し続けたのだろう。

ふと星々が諦めたように、その回転を緩め始めた。あの天を揺るがす振動も、止まる。

「……よく頑張った。君はもう大丈夫だよ。さあ、こちらにおいで」

女はパッと瞳を輝かせた。息をはずませ、ふわりと宙を蹴って、男のもとに駆け寄る。

何となく分かったよ。あの女の人、最初は消えちゃう運命だったんだ。でも、不思議な力を手に入れた知り合いの男の人に導かれて、二人で試練を乗り越えて助かったんだ。

ふう、やっと腑に落ちたよ。ストーリーを理解するのに時間かかったなぁ。

「本当に…?私、もう消えないのね…?」

「ああ。君も僕も、もう消えたりなんかしない。こうしてずっと一緒にいられるよ」

「良かった……!…嬉しい……!せっかくこうして芽生え始めた恋だったから……」

「そうだね。何せここは、今眠っている誰かの夢の中だからね。夢が覚めたなら、僕らはもともと消えてしまう運命だったのだから」

「…………」

「さあ、時間の静脈はすでに凍えて止まった。でも、僕らにはもう一仕事残されている。大事な仕事さ」

「……眠りの迷路で愛する者には、永遠の愛を」

「眠る者には、永久の眠りを…」

 

何だ…?

真っ赤になった目の二人が、こっちを見t