ゆりら文庫

創作小説ブログ

悪魔の絵本 ~4(最終回)

アパートが見えて来た。1階をそれとなく見て回る。表札にあむかの名前はない。なら二階か。階段を駆け上がる。鉄階段の音が響く。表札をずらりと見る。

あった。里見あむか。

勇介はドアを力任せに開けようとした。鍵がかけてある。開かない。ガンガンと乱暴にドアを揺らす。開かない。ついに勇介は、ドアを思いきり蹴破った。ドアが飛んだ。

「あむかぁ!テメェ……、ひっっ!!」

勇介は息をのんだ。真っ暗な部屋の奥には、確かにあむかの姿が。しかし、目つきはドロリと暗く、髪は乱れ、顔も服も絵の具にまみれている。昨日公園で見かけたあむかと、まるで別人だった。いや、あむかの身体を乗っ取った……悪魔のようにすら、勇介の目には映った。

「……あら、いらっしゃい。来たのね」

恐ろしげな容姿にまるで釣り合わない、明るくささやくような声が呼びかけた。勇介の背を冷たいものが走る。

「今日は散々だったね。彼女さんにはフラれたそうだし、ボーカルなのに声は変になるし、それで仲間には見放されるし」

「……な、んで…」

全て見透かされてる。勇介は立っていられない。画材の転がる床に、へなへなと座り込んだ。

「ウフフ、実はわたし知ってるの。全部知ってるんだよ。というか、全部わたしがやったの。…びっくりした?でもそうなの、本当よ。これ見て」

あむかは本を広げて見せた。勇介は本を、まともに見ない。

「これ全部、勇介のことなんだよ。恋に破れた卵も、音が狂ったピアノも、捨てられた靴下も!これ全部、勇介の物語だよ!」

「やめろ…!やめろ、畜生め!」

あむかの表情はみるみるこわばった。笑顔はあっという間に怒りの顔になる。

「やめろ……?それはこっちのセリフだよ!昨日あれだけ人の夢をぶち壊しにして!!…いや、あの時だけじゃない!ずっと高校からだよね、私の邪魔して、絵を汚したり、画材を壊したり!それが最高の楽しみだったんだもんね!勉強もろくにしなかったお前の!!……わたし、悔しかったんだよ。憎んでたよ、恨んでたよ。ずっと我慢してたけど、もう耐えられない。もう絶対許さない!お前なんかわたしの10倍、100倍、1000倍苦しめばいいのよ!!」

「うああぁぁ……!……ごめん……、もう、しない……!しないから……!」

泣いて謝る勇介。あむかの恨みの嵐が止まった。

 

静寂。

 

「……本当に?」

あむかの声が、もとの優しそうな囁きに戻った。うなずく勇介。

「もうあんなひどいこと、しない?」

「…し、ません……」

「じゃあ、二度とわたしの前に来ないって、約束してくれる?」

「うん……!」

あむかが微笑んだ。勇介もほっとする。やっとこれで逃れられる。ここから……

「じゃあ、最後にお別れの物語を」

嫌な予感がした。勇介の背を、さっきよりも冷たいものが走る。

逃げなきゃ。

しかしあむかは、勇介の右腕を掴んだ。信じられない力で。

「痛……ッ!」

「描いて」

「え……えっ…?!」

「二度と出会わない二人の、永遠のお別れの物語。あなたが描くのよ。ほら!」

いつのまにか絵本が開かれて、椅子に立てかけてある。最後の2ページ。そしてあむかの手には、鮮やかな赤い絵の具がしたたり落ちる絵筆。

あむかは無理やり勇介の指をこじ開け、絵筆を握らせる。勇介は筆を振り落して逃げ……

離れない。

手が筆にくっついて離れない。手もこわばって動かせない。

「い、いやだぁ!!許してくれ~!!逃がしてくれ~~!!」

「…嫌。あなたのしたこと、わたしは絶対許さない。永遠に許さないから」

勇介の背が、押された。本に筆が触れる。勇介の腕がひとりでに動く。ぐちゃぐちゃと筆がのたうち回る。ひたすら白い紙が真っ赤に染められる。

「わぁああああ、ああああああ……!!」

絵の具がみるみる塗り重ねられる。絵の具に筆先が埋まるほど。筆は毛の付け根まで埋まり、持ち手が埋まり、勇介の指先が埋まり、指の付け根が埋まり、手首が埋まり、ひじが埋まり、肩が、頭が、顔が、首が、胸が、へそが、腰が、ももが、膝が、足首が、つま先が……

 

勇介は、絵本の中に消えた。

 

「……は、はは、あはは、あははははははは……!」

あむかは晴れ晴れと笑った。暗く狭い部屋に、あむかの笑い声が響く。

「……ざまあみろ」

 

 

「最近あむかちゃんを見なくなったの。ずっとこの場所でアトリエ開いて、イラストの仕事するために頑張ってたのにねぇ」

――まあ。そういえば先月、あむかちゃんのアトリエが誰かに壊されたって話を聞いたの。

「あら…。それが傷になって、来ないのかしら。心配ね。早く元気になってほしいわ」

――そうねぇ。あ、奥さん知ってる?まあ、これは、ちょっとした噂なんだけど。この町のどこかに、悪魔のような絵本作家がいるんですって。

「まあ、聞いたことないわ。何それ?」

――あのね、その人は暗い部屋で、ずっと絵本を描いてるの。絵本に描いたことは、全部本当のことになって起こるんですって。しかも、その人の恨みを買うと、絵本の中に閉じ込められちゃうらしいよ。

 

 

 

最後まで見ていただき、ありがとうございました。

この小説は、谷山浩子さんの楽曲「悪魔の絵本の歌」をもとに想像して書いた小説でした。ベスト盤アルバム「白と黒」のライナーノートによると、谷山さん、本当に夢で悪魔が絵本を売っているのを見たのだそうですよ。

純粋で明るい女の子が、どんどん豹変する過程の表現に挑戦したのでした。

まったく、本当に悪魔なのは誰なのやら…。

 

ところで、お読みになった方は気づかれたでしょうか?

主人公の名前。

アルファベットに直し、逆さから読むと……?