ゆりら文庫

創作小説ブログ

悪魔の絵本 ~1

土曜日。快晴の町。すずかけ公園の一角に声が響く。

「こんにちは~!アトリエ・アムカにようこそ♪」

里見あむかが公園の一角でアトリエを始めて、2年目の春が来た。高校卒業後、イラストレーターになるという夢を追いかけて、日々独学にて勉強中。毎週土曜日と日曜日は、すずかけ公園の並木道に小さなアトリエを開き、似顔絵を描いたりポストカードを売ったりしている。似顔絵は1枚100円、ポストカードは1枚50円也。

この日も、公園に遊びに来たとおぼしき女子高生2人組の似顔絵を描いていた。色紙にパステルの色を丁寧に重ねていく。

「出来上がり!はい、どうぞ」

「…ヤバい!超似てる!」

「しかもマジ可愛いよ~♡」

「ありがとうございましたっっ!!」

すごい勢いでお辞儀をする2人に、あむかも思わず笑顔になる。

「どういたしまして。よかったら、また遊びに来てね♪」

「はい!今度はポストカード買います~!」

バタバタと駆けていく2人を見送るあむか。きっとあの似顔絵を、誰かに見せて自慢でもするのかしら?そんな想像をしながら、ふと自分の学生生活を思い出していた。

(やっぱり高校でも、放課後は美術部で絵ばっかり描いていた気がするな……)

 

 

さっきの2人組と入れ替わるように、誰かがやって来た。

「あむちゃん!」

「あ、前田のおばさん!」

「また来ちゃった♪」

縮れた黒髪にふくよかな体つき。あむかのよく知った近所のおばさんである。半年前に初めて訪れてからというもの、ほぼ毎週欠かさずに来てくれている。もうすっかり顔なじみだ。

今日も赤い自転車でやってきた。カゴに積んだバスケットから野菜が顔を出している。買い物帰りに来てくれたのだろうか。

「良いところに来た!実は今日、ポストカードの新作があるの!」

「まあ、どれ?」

「じゃ~ん!」

あむかの新作ポストカードには、一面の空色をバックにした小麦色の猫の後ろ姿が描かれている。周りには白いマシュマロのような雲と、花びらのような桃色のリボンが散りばめられている。

「あらぁ~、可愛い!じゃあ、そのポストカードを15枚」

「えっ?!そんなにたくさん?!」

「私も使うし、ご近所さんにもあげたいのよ~。…はい、これでおつり頂戴!」

前田のおばさんは、茶色の財布から1000円札を取り出した。

「わあ~!嬉しいなぁ…。お札で会計してくれるのって、おばさんぐらいよ!」

あむかは言いながら、レジ替わりの小物入れにお札をしまい込んで、電卓で素早くおつりの計算をすると、小銭の準備をした。実に手際が良い。

「いいのよぉ。夢を追う若い子は、応援してあげなくちゃね!」

「いつもありがとう、おばさん♪」

あむかは、おばさんのふくよかな右てのひらに、おつりの250円を乗せた。

「それにしても、今日はいい天気ね」

「本当ですね~」

穏やかな昼下がり、春の日差しがいつになく心地よい。風はそっとすずかけの木の枝を揺らす。鳥たちのさえずりもまるで、子どもの合唱のようである。

「悪魔の噂なんて、嘘みたいね」

「悪魔のうわさ…?」

突然おばさんの口から飛び出した、この日和におおよそ似合わない言葉。あむかはぎょっとした。

「ああ、あむかちゃん知らない?……まあ、ただの噂なんだけどね。この公園に時々悪魔が出て、通りかかった人に悪事を働かせるように誘っているんですって」

「………」

「まあ、あむかちゃんは優しくて明るい良い子だから、悪魔なんて平気だと思うけどね」

「アハハハ…、気をつけます…」

「うん。じゃあ、私はもう帰るわ。また来るから、頑張ってね!」

「ありがとうございました~」

おばさんは自転車をこいで、走り去っていった。

急に静かになった公園で、一人ぼっちになったあむかは心細くなった。

(悪魔ってなんだろう?どんな悪事を持ちかけてくるんだろう?それとも…もしかしたら、悪魔と呼ばれるような凶悪な犯罪者がこの近くにいるのかな?ヤダ…もしそうだったら、私本当に大丈夫なのかな?)

「はぁ……」

あむかの溜め息は、午後2時半の空にゆるりと溶けて消えた。