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ゆりら文庫

創作小説ブログ

もしも私が「夢十夜」を書いたら ~第三夜

こんな夢を見た。

雲一つなく晴れ渡った濃い青の空と、同じくだだっ広い地面が広がる。白いコンクリートの地面には何もなく、それが地平線まで続いていたので、自分はここが飛行場だと思った。年の頃が自分と同じ少年少女がたくさんと、大人が数人いたので、それが自分の所属する修学旅行の一団なのだと分かった。

突然、黒い戦闘機が一機、黒煙と轟音を引きずって自分たちの頭上を過ぎたと思うと、少し先の地面に墜落炎上した。と思った次の時には、戦闘機を包む炎の中から、ミサイルが次々と発射される。戦闘機の装置が誤作動したのだと理解した。逃げねば。荷物を全てその場に放り出して、戦闘機から離れるように逃げた。他の少年少女も自分と同じように逃げ出したが、どうもテンションがおかしい。まるで年端のいかぬ子どもが鬼ごっこでもしているかのように、歓声をあげてはしゃいでいる。場違いなのは身の危険を真面目に感じて全力疾走する自分の方であった。

視界の右で、妙に太いミサイルが着弾した。しかし柔らかい金属でできていたらしい直径1mほどのそれは、地面につくと爆発することなく頭からぐしゃりとひしゃげた。

続いて上を見上げれば、自分が走って行くのと同じ方向に飛ぶミサイルを2,3発確認した。ミサイルは自分と目が合うや否や、待ってましたと言わんばかりに降下を始めた。このままではやられるので、地面に突っ伏して転がり、着弾するミサイルを回避した。

ようやくミサイルの急襲が治まったとみて、上体を起こした。皆すっかりちりぢりになって逃げてしまったが、誰も死んではいない風だった。空はいつの間にか、地平線の薄紅色から黄色、白そして薄水色というように、緩やかなグラデーションを描いていた。

もしも私が「夢十夜」を書いたら ~第二夜

こんな夢を見た。

目が痛くなるような赤が視界いっぱいに展開している。赤く蛍光色に光る画面に、白い文字が浮かび上がっている。字は縦長でデジタル表現の算用数字を思わせたが、かなり小さく、それを判読することは叶わない。

気がつくと自分の身体がいつの間にか横たえられている。横になったまま見上げている黒い大型スピーカーの上部には、あの赤い画面がちらついている。画面を見つめるのを止めて右に寝返りをうつと、ざらりとした床が顔に触れたのを感じた。目の前には段差が壁のようにそびえ立っている。身体を起こして段差を上がろうとしたが、体がどうにも重い。自分が寝かされている床にだけ重力が余分にかかっているかのように、下方向の不可思議な力が起こそうとする体を引き戻す。それでも自分の左足が段差に乗っかり、左ひじがかかる。力を振り絞って上の段、と言ってもわずかに十センチ程だったが、そこに自分の身体を乗せることができた。突然、先ほどのことが嘘のように体が軽くなったので、やっと安心して身体を起こすことができた。

見渡すとそこは、懐かしい小学校の音楽室に似ていた。ざらりとした古い布が張られた灰色の床、白い塗装の壁、目の前にはピアノ、覚えのある場所に、自分と年の頃が同じ少年少女が数人集まっている。

ふと足元に視線を落とすと、床から白い、古びた包帯のような布がゆるりと伸び、足に絡もうとしていた。足をとられてはならない。足を封じられたら最期、たちどころに床から湧き出す大量の包帯の餌食になるのだ。しかし少しでも足を動かせば、包帯ははらりとほどけて消える。ほどけては絡み、絡んではほどける。それを二度三度繰り返しながら、自分は部屋の隅に作られていた三角の段差の上に向かった。そこが安全地帯と思った。同じことを思ったらしい二人の少女が、押し合いへし合いして三角の段差に乗り込んでくる。しかし包帯は相変わらず、つま先立ちしていた自分や他の少女たちの足を狙った。安全地帯は存在しない。絶え間なく部屋を動き回り、振り払い続けることこそが一番の安全。そう確信した自分は夜明けを告げる音が聞こえる時まで、ただこの狂気の部屋を歩き回り続けた。

もしも私が「夢十夜」を書いたら ~第一夜

こんな夢を見た。

木製の、恐ろしく古びたトロッコに乗り、すごい勢いで洞窟を進んでいく。あまりに速いもんで、辺りの景色が一瞬、白んで見えるほどだった。しかし目を凝らせばそこはまぎれもない、赤茶けた地面が続く、暗い洞窟である。そこがまた開けた場所なので、遠くは墨色に塗りつぶされて見えない。ただ地面と同じ色の岩が、鍾乳洞のように尖り、それが大小連なって下がっているのがよく見える。そんな場所を、時々がたんと揺れることもあったろうが、不思議なほどに音もなくトロッコは進み、ただ同じような景色が前から来て瞬時に後ろへと消えていく。

トロッコの大きさは、人が二人やっと乗れるといった具合だった。自分の後ろにもう一人、男が乗っている風だったが、顔が見えない。それで男が若いのか年老いているのか、皆目見当がつかない。第一すごい速さで進んでいるのだから、よそ見が出来る状態でもなかった。ただ後ろの人間が男だということだけは分かった。

突然、トロッコが前方に大きく傾いた。突き出した岩にただまっすぐ沿わせたレールに従い、トロッコは前に直角に傾き、あっという間に逆さまになったと思うと、がくん、と衝撃を感じ、車輪が外れた。

古い木製のトロッコと、誰かと、自分が、墨で塗りつぶされた奈落に落ちていくのを見届けた。

七角錐の少女 ~後編

どうしていつまで経っても、たどり着かないのだろう。
もう、目の前に確かに見えているのに。
「はぁ、はぁ、はぁ…………」
僕はやりきれない思いでいっぱいになって、歩みを止めた。
そして、そのまま、膝からガクリと地面に崩れ落ちた。
もう歩けない。汗が全身からとめどなく流れ落ちる。やっと顔を上げて、目の前に見えるのはただ2つ。どこまでも伸びる幅の無い1本道と、空に伸びる銀色の円錐。
いつから歩き出したのかなんて、もう忘れてしまった。全てを捨てて、僕は僕のあるべき場所から飛び出した。そしてこの長い直線の道を歩いている。何も持たない。僕のこの思いだけで、どこまでも歩いて行けると思っていた。絶対にあの円錐に辿り着いて見せるんだって、そんな無駄な希望を抱いてここまで歩いてきた。
でも、本当は分かっているんだ。僕の思いは永遠に叶わないことも、その理由も。
世界は3次元や4次元と、多次元で構成されている。でも、僕は1次元の存在。ただ1方向にしか広がらないのが僕の世界だ。次元を超えることは許されない。というよりも、出来るわけがない。そんなことは不可能なんだ。今歩いてる距離∞のこの道はどこにもつながりはしない。
分かってる。頭では全て理解してるんだ。何もかも。
でも、ね。
「理解する」ことと「受け入れる」ことは別物なんだ。
受け入れるなんてできやしない。あの美しい七角錐の少女に会えないだなんて。ただ永遠にあの完全な円錐を見ているだけだなんて、僕には耐えられないよ。
ああ胸が締めつけられるように苦しい。四肢の末梢神経がばちばちと爆ぜる。天を仰ぐ僕の目から、涙が止まらない。ただあの少女のことを思うだけで、僕の身体は火花となるようだ。
僕は、僕は、僕は……
「ア、イ、タ、イ…………!」

 


紅蓮の稲光が、幾度となく空を駆け巡る。まるで、空という名の窓を割るように。
僕はついにあの銀色の円錐に辿り着いた。そして今、その中にいる。
1歩1歩、上へと歩みを進める。足を1歩踏み出せば、その度に身体はすう、と上に引き上げられる。
「お前、お前…何てことを…!よくも……!」
何かけたたましい声が聞こえたようだが、僕には分からない。ただ、光る鏡の破片のような物がたくさん落ちてきて、僕の脇をかすめて虚空に落ちていったようだ。
焦ることもない。悲しむこともない。絶望もしない。振り返りも見下ろしもしない。
とにかく1歩ずつ確実に、上に昇っていくんだ。
あと少し。そう、あと少しで会えるんだから…………

 


暗がりに浮かんで見える、艶やかな銀髪と菫色のドレス。
ゆっくりと彼女がこちらを向いた。
ああ、何て美しいんだろう。白く透き通る肌に理知的な眼差し、目鼻口全てが完璧な比で納まっている。思わず息を呑んだ。やはり彼女は世界の数を司るにふさわしい存在だ。ずっと会いたかった。
でも、そのために僕は取り返しのつかないことをしてしまった。代償があまりにも大きすぎる。
「よくも、やってくれたわね」
突き刺さる冷たい声に、僕の心臓は凍りつきそうなほどに締めつけられた。声が出ない。ただ涙を流すことしか叶わない。
あんなに会いたかったのに。話したいことだって山ほどあるのに。今、目の前にいるのに。
何も出来ない。
このまま終わるのかな…?
悔しい、悲しい、情けない、怖い、怖い、怖い……
「何を怯えているの?あなたは自分の成し遂げたいことを成し遂げた、それだけなのでしょう?」
僕はふと顔をあげた。
確かにそうかもしれない。でもそのために、一体どれだけの犠牲が払われるのだろう。
僕は数の概念を捻じ曲げてしまったんだ。万物の定理は狂い、形を保てなくなり、全てが消滅する。僕のせいだ。僕のために皆消えていなくなる。僕は永遠に許されない罪人だ。
「もういいのよ」
いつの間にか少女は僕の前にいて、優しい声で僕の両の手を握る。
僕の心の中を、全て見透かしているみたいだ。いや、見透かしている。
「哀しいかな全ては永遠ではない。この世界だって例外ではない。そして消え去る時が今この時だった。ただそれだけのことではなくて?」
本当に?本当にそれだけのことでいいのかな。
世界って所詮、そんな物なのかな。
「もう泣くのはおよしなさい。あなたは何も悪くない。世界に終止符を打ち、幕を引く者。ただそれだけ…………」
辺りは轟音と虚無に包まれた。
破滅はもう、僕のすぐ背後まで迫っていた。

 

 

 

 

元ネタ:『七角錐の少女』 谷山浩子 - YouTube

七角錐の少女 ~前編

静寂。世界は、揺るぎない数の秩序に守られている。今、その透き通る藍色の闇夜に向かって、どこまでも高く伸びる銀色の円錐が1つ。円錐はあまりにも細長すぎて、一本の輝く糸のようにすら見える。一見すると分からないが、まぎれもなくそれは空高く伸びる完全な円錐だ。
その円錐の中に住まうは、七角錐の形に裾が広がるドレスの少女。美しい菫色のドレスは黒く細いリボンで飾られていて、そこにかかる長い銀髪と白い肌が映える。
でも、美しい彼女は何もしない。歌も歌わないし、本も読まない。
ただ完全に閉ざされた暗い部屋の中で、虚空を見つめ、自分の家の長さを測っている。
「……257304.000001m」
誰にともなく長さを宣告したかと思うと、7枚の鏡からギラギラとやかましい笑い声が響く。
「あははは!やったね!ついにまた1m高くなったみたいじゃない!全く、この家が1m高くなるのに、どんだけ時間がかかったことかしら」
「そうね。この宇宙が生まれ、数という概念が生まれ、同時にこの世界も生まれた。それから100億年は経とうとしているわ。つまり、概算で4万年といったところかしら。もっとも、今のは1000の位を切り捨てての計算結果だから……」
「いやぁ、今日は歴史的な日だわ~!なんせこの家が1m高くなったのだから!それだけで十分感動に値するわ。それぐらい毎日本当に代わり映えがないんだもの」
七角錐の少女の声を遮って、鏡はギラギラと笑う。
「貴女ね、少しは落ち着いたらどうなの?大袈裟なのよ。この家が何mの高さになったところで、それが数の概念に影響することなんてないじゃない」
「アンタって本当に何に対しても無感動なのね!退屈してるんなら、何か測りでもしたら?」
「…もう、測るものもないわ。全て知ってるもの。この家の高さも、私のドレスの辺の長さも、あなたのその歪な不等辺も」
「ふ~~~ん……じゃ、数遊びでもしようじゃない?360÷1=?」
「……360」
「360÷2=?」
「180」
「360÷3=?」
「120」
「360÷4=?」
「90」
「360÷5=?」
「72」
「360÷6=?」
「60」
「360÷8=?」
「…45」
「360÷9=?」
「……40」
鏡はわざとらしく7を飛ばして、少女に問うた。
「では、360÷7=?」
「…………」
「何で答えられないのかしら?数を司る存在であるあなたが?答えられないってどういうことかしら?そんな難問でもないじゃない!」
「…お黙りなさい…」
少女の声が震えているのに気にも留めず、たちの悪い鏡はなおも詰め寄った。
「お答え!360÷7=?360÷7=?」
「お黙りなさいって言ってるでしょう?!」
少女の凍てつく視線が、鏡の1枚に一瞬で亀裂を入れた。しかしまた別の1枚から嘲笑が響く。
「あははははは!分かった?あなたはこの世に存在する1ケタの正の整数のうちでただ1人、360(全方位)を整数の形で割り切れないのよ。7はそういう数なの。なんて悲しい定め、なんて惨めなお人、フフフっ」
「……本当ね。私のシンボルである7つのお城の1つ、先ほどの貴女のように壊してしまおうかしら。そうして私は、7を捨てるの」
「わ、分かったわよ!さっきのことは謝るわ!だからそんな愚行はおやめなさいな。そんなことしたら、数の概念がたちどころに崩壊して、世界はどうにかなってしまうわ!」
「ふぅ……全く」
少女は、ようやく怒りを静めたようであった。
「ところでアンタ、測る物は無いと言ったわね。でも本当にそうかしら?」
「……?」
「この家に向かって1人、愚かにも近づこうとしている者がいるわ。その不届き者とこの家の距離…とか?」
「無駄な労力ね。距離∞の道は、計算上どこにたどり着くこともない。測る必要もないわ」
「…それもそうね」

 

 

 

ダイエット ~後編

「真唯の様子が明らかにおかしいんです。ここ数日、全く食べ物を口にしないんです。……そんな、本当なんですよ!ええ、もう、白いご飯さえ一粒も食べてなくて……」
真唯の母親が学校に相談に来ていたのを、友人達は偶然耳にしてしまった。
「何にも食べてない……?ま、まさか、そんなわけない……」
「エリのせいだよ。エリがあんなに直球で、真唯にデブなんて言うから。教室を飛び出す真唯の様子、見たでしょ?」
「マジ……アタシ、そんなつもりなかったのに……」
「…真唯のママに謝ろう、エリ。わたし達も一緒に行くから」
「うん……ゴメン、みんな」
エリ達は意を決して、応接室の扉を開けた。
「真唯さんのお母さん、ごめんなさい!私たちが悪いんです!」
「あなたたち……真唯のお友達?」
エリは声を詰まらせながら、事の次第を語り始めた。
「アタシ…、私が真唯さんとケンカになって、真唯さんに…デブって、つい……言っちゃったんです……。私……いつも、思ったこと…、考えもしないで言う、悪いクセ…があって……!…ごめんなさい……真唯さんに、謝りたいです…。謝りに、行きたいです……」
俯いて泣きじゃくるエリに、真唯の母は優しく言った。
「正直に話してくれてありがとう。今度はそれを、真唯に言ってあげて」
エリは無言のまま涙をぬぐい、何度か大きく頷いた。
友人の一人が続いて、真唯の母に問うた。
「真唯さん、何も食べてないって本当ですか…?!」
「ええ、まあね。信じられないかもしれないけど、何日か前から部屋に閉じこもって、一度も降りて来ないの。何か、真唯宛てに家に荷物が届いてたんだけど…その頃から、かしら……?」
「真唯、絶対何か無理なダイエットしてるんだよ!」
「このままじゃ真唯が死んじゃうかも!皆で真唯を止めよう!」
友人達の心は、真唯のために一つになった。無論、エリも覚悟を決めていた。


真唯の自宅は、学校から自転車で20分程度行った所にある。エリたち3人は真唯の母の車に乗り込むと、真唯の家に向かった。
玄関の目の前にある階段を上る。見えてきた木製のドアに貼り付けられたコルクボードに「まいの部屋」と書いてある。
「真唯、聞こえる?私達だよ…?」
エリはおそるおそる、ドアをノックした。
「ゴメン、真唯……。あんなこと、もう絶対言わないから…!絶対、言わないよ!」
「お母さんから聞いたよ。何も食べてないって……」
「真唯、お願い返事して!死んじゃ嫌だよ!」
「聞こえるでしょ、真唯?皆、あなたのこと心配してるのよ。お願い、出てきて…!」
時間にして、1分も経たないだろう。しかし、母親や友人たちにすれば、長い長い間であった。
内側からドアのカギを開ける、カチャリという小さな音がした。
「真唯、…………!?!」


1週間ぶりに開いた部屋のドア。そこから現れた真唯の姿に、全員が息を詰まらせた。
異常にやせ細っていた。
痩せて、ほとんど皮と骨になっていた。白い袖なしシュミーズからむき出しの腕も、ショートパンツから出た足も、太さが半分になっている。髪はボサボサ、頬は大きくこけ、目の周りも落ち窪み、瞳だけが爛々と光っている。
「…なあに、みんな…?」
のんびりした声で問う真唯。しばらく4人は言葉を失った。エリが、やっとの思いで口を開く。
「真唯…!どうしてぇ…?」
「あ、エリ。見てぇ~、私やせたでしょ?痩せる薬を飲んだら、どんどん痩せたの。すごいでしょう?もうデブなんて言わせないよ、エリ?」
もはや真唯の精神は、正常じゃない。
痩せることへの願望も、ここまで来れば病的だ。
「真唯、もう分かったよ…。アタシ、もうあんな酷いこと言わない。約束するから。だから…何か食べなよ」
エリが恐る恐る言うと、真唯の表情は一気に鬼のように豹変した。
「…嫌よ!!食べることは理想のボディ獲得の大敵よ!もっと痩せて、誰よりも痩せて、やせて痩せて、痩せまくるんだから!!」
命の危機だ。このままでは、真唯が危ない。何としても、すぐに栄養のあるものを食べさせないと。
友人たちが、真唯の説得にかかった。
「真唯は勘違いしてるよ!痩せればいいってもんじゃないわ!」
「そうよ!真唯はこれ以上痩せたらいけないの!命が危ないのよ!」
「うるさい!痩せたいのよ、私は!!わた、し……」
真唯の身体が、ふらりと傾いた。
「真唯!」
倒れた真唯の身体を抱きかかえたのは、エリだった。真唯はもう、立ち続けることができなかった。
「……エ、リ……」
「真唯。私たち、真唯のことが心配なんだよ。…真唯、これ以上やせたら…ヤバいとこまで、きてるんだから。……ゴメン、真唯。あんなこと言って……。…死んじゃ嫌だよお…!」
エリの振り絞るような言葉が通じたのか、真唯の意識が少し正常に戻った。
「…ごめん、エリ。うん、私、食べるよ……」
とろんとした目で答える真唯。友人たちと母親は、ほっと胸をなでおろした。
「真唯ママ、ご飯作ってあげて!わたし達も手伝いますから!」
「そうね。待ってて、真唯!」


一階の食卓に降りてきた真唯。椅子に座って、料理をする友人と母親の後ろ姿を、ぼんやりと眺めていた。キッチンから美味しそうな匂いが漂ってくる。
(いい匂い……)
程なくして、真唯の前に料理が並べられた。と言っても、白いご飯に味噌汁、卵焼きといったオーソドックスな朝ごはんのような献立。ほかほかとたちのぼる湯気が、真唯を夢見のような気持ちにさせた。
「無理しなくていいから、ゆっくり食べてね」
「うん。美味しそう……」
ああ…本当に、久しぶりのご飯。あんなに食いしん坊だった私が、何も食べたくないなんて、嘘みたいね。そうそう、この、いい匂い。食欲をそそ、る……
る……s、る……セル………?

「カプセル!!!」
瞬間、真唯の脳に電流が走った。身体がばね仕掛けのように跳ね上がる。目の前の食事を叩き落すと、食卓からすごい勢いで飛び出した。
「真唯、待ちなさい!真唯―!!」
がたがたがたがたっ!
激しい音を立てながら這いずって階段を駆け上り、自室に飛び込む真唯。すぐに施錠する。
どうしてあんな誘惑にのったんだ。あんな愚行に走った自分を思うと震えが止まらない。食べ物は敵、全て敵だ。自分はあのプラスチックの食事しか許されないんだ。あれしか……。
「あった…!」
部屋の真ん中、窓から差し込む陽光のスポットライトに照らされて、あの袋が転がっていた。
「忘れよう、あんなことした私なんて。忘れるのよ、忘れなさい…!」
袋を掴み、降った。ポロポロと躍り出るカシューナッツ
真唯は、一気にそれらを口に放り込んだ。水をがぶがぶと飲む。ペットボトルの水が、床に滴る。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……これで、よかったのよ。これで……」
また、例によってお腹がモゾモゾする。体がポッポッと熱くなる。いつものとおり…のはずだった。
突然、内側から針が飛び出すような痛みが全身を貫いた。
「うっ…?!」
内側から、何かがザリザリと湧いてくる嫌な感触がする。
食べられている。真唯はそう感じた。身体の中を、何かが食い荒らしてる。
「いやぁああああ!あぁあああああああ……!」


「真唯、どうしたの?!真唯、返事して!!」
追いかけてきた友人たちが、ドアを叩いたりノブを激しく上下させたりする。返事が無い。
「しょうがないわ、確か近くに父さんの工具入れが……」
真唯の母親が、工具入れからドライバーを取り出した。そのドライバーを突っ込み、何とかドアの鍵を壊した。小さいながら、カチャンという手応えを伴った硬質の音が聞こえた。ドアが開く。
「真唯…、……キャアアアアアアーーー!!!」
ドアの向こう、部屋の中の真唯は、全身に穴が開いて絶命していた。
放り出された袋からこぼれたカシューナッツが7つ、後光のように転がっていた。


――プロフェッサー、報告しマス。被検体が一人、絶命したモヨウ。
――ウム、例ノ卵ハドウナッタ?
――死亡した被検体の身体に、多数の穴ヲ確認。内部で培養されていた新生物が、人間の体内の皮下脂肪および内臓脂肪を栄養源に成長し、羽化したモヨウ。
――ソウカ、デハ養殖実験ハ成功シタヨウダナ。
――イエス。
――ヨロシイ。コノ調子ナラ、全テノ被検体デ成功シソウダナ。
――現在、先進国を中心に6名の被検体が生存中。彼らを材料にした実験の成果も期待できるデショウ。ところでプロフェッサー、地球人世界での混乱が予測されますが、どういたすおつもりデスカ?
――何故、気ニスル必要ガアル?我々ハ、被検体ノ生命ニツイテ何ノ責任モナイ。我々ノ実験サエ成功スレバ、ソレデ良イノダカラ。
――了解、失礼シマシタ。引き続き、被検体のモニタリングを続行しマス……。

 

 

 

 元ネタ:ダイエット - 谷山浩子 - YouTube

ダイエット ~前編

真唯は自室のデジタル式体重計の上で、目を輝かせた。

「……37キロ、やった…!一気に3キロも…。ついに40キロ台切った……!…っとと」

体重計から降りる真唯はふらりとよろけ、床にペタンと座り込んだ。目を細めて窓の外を仰ぐ。

もうここ数日、彼女は自室から出ていない。いや、到底出られるような状態なんかではなかった。

「わ~~~、部屋の中なのに、空がこんなに近い~…。触れそう。……触れないけど」

 

 

きっかけは、高校のクラスでの些細なことだった。真唯は昼休みに友達グループと談笑中に、グループのエリと口論になった。エリが、少し見た目が良くないあるタレントのことをひどく言ったからだ。

「ひどい!見た目がイマイチなせいで人格まで否定するなんておかしいよ。エリ、間違ってる!」

「っさいなぁ、真唯は。人間、見た目が一番に決まってんだろ、見た目が9割なの~」

「何よ、エリ!どんな見た目だったとしても他人に迷惑かけてさえなきゃ、その人の勝手じゃない!」

「うっせぇ!クラス1のデブは黙ってろ!」

「…デブ……?!」

エリはあまりにも容赦なく、真唯のコンプレックスである体重のことを持ち出した。真唯の顔から、ザッと表情が消え失せる。

「……真唯ちゃん、気にしちゃ駄目!エリはいつもあんなだから…気にしちゃ……」

「わあああああ!!」

真唯はすごい勢いで教室を飛び出し、そのまま家へと駆けていった。

確かに真唯は、クラスの女子の中では一番太かった。しかし太いと言ったって、真唯の体重は16歳女子の適正体重値をほんのわずかに上回るぐらい。むしろ周りの女子がみんな細すぎるのだ。それでも真唯には、クラス一というのが大きなコンプレックスだった。

真唯は二階の部屋に閉じこもり、泣いた。とにかく誰の顔も見たくない。惨めだった。

「うっ……悔しい……、エリのやつ…!エリのやつーーー!見返したいわ……絶対痩せて、アイツのこと、見返したい……!」

 

 

寛容な両親のおかげもあり、真唯は心の傷が癒えるまでの間、しばらく学校を休むことにした。

「いやね、もう。毎日こんなに訳の分からない広告ばっかり届くんだもの」

真唯の家にある広告が届いたのは、それから程なくした頃だった。

「……痩せる薬…、これを使えば、あっという間にあなたも理想のボディをゲット…?!」

真唯はそのチラシを奪い取るように取り出すと、自室に飛び込んだ。

「真唯、どうしたの?真唯―?」

部屋に飛び込んだ真唯は、すぐにチラシに書いてある薬の会社に電話をかけた。

アンドロメダ製薬。曰く、サプリメント開発で人々の健康と幸福をサポートすることを使命とする会社。日本国内では知名度は低いものの、既に海外では、後進国における難民の栄養状態改善、欧米においては生活習慣病治療、などといった実績を数多く上げているとか。

「もしもし?…今朝のチラシに書いてあるやせ薬のカタログって、ありますか?」

 

 

カタログは、翌日には真唯の家に送られてきた。驚く早さ。

真唯は早速カタログの商品番号を製薬会社に伝え、痩せる薬を注文。これまた翌日には家に届いてしまった。驚く早さ。

「これを飲めば、私も痩せられる……。えっと、1日に1回、2~3個。噛まずに水で飲みこんでください、か……」

開封した袋を傾けると、玉虫色のカシューナッツ形をしたカプセルが、ころころと手のひらに躍り落ちて来た。あんまりいい気持のする物体ではないけれど、このカプセルが自分に痩せをもたらしてくれることを考えれば、真唯にとっては少しも嫌ではなかった。

誰もいない1階の台所からコップを取ってきて水を注ぐと、カプセルを1個ずつ水とともに飲みこんだ。

「――……っ、……ふぅ。カプセル飲むのって意外と大変、…あれ?」

飲んで間もなく、真唯はお腹がゴニョゴニョするような、不思議な感覚を覚えた。と思うと間もなく、お腹がポッポッポッと温まってきた。

「うそでしょ?こんなにすぐ効くなんて…。もしかして……」

温まるような感覚が治まると、真唯は風呂場からデジタル体重計を引っ張り出して、おそるおそる乗ってみた。真唯は表示された値を見た瞬間、目を輝かせた。

「……うそ?!一気に2キロ近く減った!効き目ありすぎ!これなら私も、あっという間に痩せられる!エリだって、もう私にあんなこと言わなくなるわ……!」

 

 

その日の晩のことだった。

「真唯~、ご飯出来たわよ。食べにいらっしゃい」

夕食の準備が出来た母が、2階の部屋にいる真唯を呼ぶ。しかし……

「…ごめん、今日は食べない」

「あら。真唯、どこか調子悪いの?」

「ううん、特に何も。でもなんか、食べたくないんだ。明日は食べるから」

「そう……。じゃあ、今日だけよ。ゆっくり休みなさい。食べたくなったら、いつでも言ってね」

「うん」

母はリビングへ引き返していった。

真唯はあのカプセルを飲んでから、何も食べる気が起こらないのだ。いつもはすぐお腹が空いて、友人に食いしん坊と笑われるぐらいであるのに。ベッドに腰掛けたまま、真唯はぼーっと手元を見つめる。

「なんか、嫌だな。ママに話だけでもして……うっ?!」

ベッドから立ち上がろうとした途端、激しい目まいが真唯を襲った。

「やだ……何これ…?気持ち悪い……」

ベッドの端に片手をかけ、もう片方の手で目を押さえ、四つん這いになって目まいが治まるのをじっと待つ真唯。幸い、10秒足らずですぐに回復した。

「この薬もしかして……私に合ってないとか、そういうオチ……?」

ふと視線の先には、あの薬の袋。目まいに用心しながら、真唯は薬の注意事項を読んでみた。

 

体質によっては、ごくまれに目まい・吐き気・倦怠感・食欲不振などの症状が出ることがあります。しばらく安静にすれば症状は回復するので、問題はありません。

 

「なんだ、私だけじゃないんだ。とにかく安静にすればいいのね、よかった」

真唯は結局その日、目まいが治まってから入浴だけ手短に済ませて、床についた……。